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2016年2月11日木曜日

【良作紹介】 日本神話特集(建国記念日・旧紀元節にあたって)


皇紀2676年、平成28年 (西暦2016年)

今日は日本の建国記念日、旧紀元節ですね。
2月11日は初代・神武天皇が即位された日です。
皇紀とは、神武天皇が即位された年を元年(紀元)とする日本独自の紀年法です。
(皇紀元年は西暦・紀元前660年にあたります)

皇紀2676年、日本の歴史は長いですね~。
この数字を見ただけで一目瞭然です。
しかも、神話から続く世界最古の皇室を戴いています。

もちろん、皇紀2676年の中には歴史学的に証明できない時代が含まれています。
でも…学者じゃないですし、そんなこと気にしません!
長い歴史と伝統が2000年以上、続いている。しかも、神話から続いている。
それだけで十分です。

 ちなみに、歴史学的に証明できる皇室の起源は、古墳時代の3世紀半ばまで、つまり、西暦200年代半ばまでだそうです。今から約1800年前です。
 しかし、歴史学的に証明できなくても、日本の歴史は2000年以上、続いていることでしょう。約1800年前から遡って、古墳が作れるほどの政権が成立するまでにはそれなりの時間が必要と考えられるからです。農林水産業が主要産業(稲作は年1回のサイクル)で人口が少ない古代では、世の中の動きも遅いことでしょう。

今上天皇陛下の御世も28年となりましたね。
天皇陛下は御年82歳、皇后陛下は御年81歳。
80代とは思えぬお姿で、被災地をはじめとする日本全国や、世界各国を行幸啓されております。
特に、東日本大震災の被災地の方々はどれほど励まされてきたでしょうか。
お体を大事になさりながら、ご公務を続けてほしいものです。

 本稿では、建国記念日、旧紀元節にあたって、日本建国の物語、日本神話を紹介したいと思います。「物語」には日本人の伝統的な価値観が散りばめられています。
よろしければどうぞ。(参考資料の次に動画があります)





参考資料

wikipedia-古事記
 古事記(こじき、ふることふみ)は、日本最古の歴史書である。その序によれば、712年(和銅5年)に太朝臣安萬侶(おほのあそみやすまろ)(太安万侶とも表記)が編纂し、元明天皇に献上された。(後略)



wikipedia-日本書紀
 日本書紀(にほんしょき)は、奈良時代に成立した日本の歴史書。日本に伝存する最古の正史で、六国史の第一にあたる。舎人親王らの撰で、養老4年(720年)に完成した。(中略)

信濃注:以下、日本の歴史の古さを間接的に証明する書物引用の形跡

 日本書紀では、既存の書物から記事を引用する場合、「一書曰」、「一書云」、「一本云」、「別本云」、「旧本云」、「或本云」などと書名を明らかにしないことが多い。ただし、一部には、次に掲げるように、書名を明らかにしているものがあるが、いずれの書も現存しない。
『日本旧記』(雄略天皇21年〈477年〉3月)
『高麗沙門道顯日本世記』(斉明天皇6年〈660年〉5月、斉明天皇7年〈661年〉4月、11月、天智天皇9年〈669年〉10月)
『伊吉連博徳書』(斉明天皇5年〈659年〉7月、斉明天皇7年〈661年〉5月)
『難波吉士男人書』(斉明天皇5年〈659年〉7月)
『百済記』(神功皇后摂政47年〈247年〉4月、神功皇后摂政62年〈250年〉2月、応神天皇8年〈277年〉3月、応神天皇25年〈294年〉、雄略天皇20年〈476年〉
『百済新撰』(雄略天皇2年〈458年〉7月、雄略天皇5年〈461年〉7月、武烈天皇4年〈502年〉)
『百済本記』(継体天皇3年〈509年〉2月、継体天皇7年〈513年〉6月、継体天皇9年〈515年〉2月、継体天皇25年〈531年〉12月、欽明天皇5年〈544年〉3月)
『譜第』(顕宗天皇即位前紀)
『晋起居注』(神功皇后摂政66年〈267年〉
(後略)



wikipedia-天皇

天皇の歴史

 現在の歴史学においては天皇の発祥時期について明確な結論が出されていないが、少なくとも6世紀前半に即位した継体天皇(信濃注:第26代天皇、西暦507年?即位)以降、今上天皇に至るまでの皇室系譜は信憑性が高いため、現存する世界の王朝の中で日本の皇室が最長の歴史を有していることは確実視される。 (中略)

神代と天皇の発祥

(前略)特に欠史八代の天皇については、古代中国の革命思想(讖緯説)に則って皇室の歴史を水増ししたのではないかと指摘する学説が主流となっているが、実在説もあり、未だ決着を見ていない。歴史学的に証明できる皇室の起源は、ヤマト王権の支配者・治天下大王(大王「おおきみ」)が統治していた古墳時代辺り迄である。
 3世紀中葉(信濃注:西暦200年代半ば、約1800年前)以降に見られる前方後円墳の登場は日本列島における統一的な政権の成立を示唆しており、この時に成立した王朝が皇室の祖先だとする説や、弥生時代の近畿地方にあった場合の邪馬台国の卑弥呼の系統を皇室の祖先とする説、皇室祖先の王朝は4世紀に成立したとする説、など多くの説が提出されており定まっていない。





日本神話の紹介動画


古事記に記された日本が出来るまでの神話
https://www.youtube.com/watch?v=9sNf1ZPtPv4
yamatoromansi 様、2012/12/22 に公開

古事記の天地所初から神武天皇即位までダイジェスト。
平成24年は、古事記編纂1300年なので作成しました。
日本最古の歴史書の冒頭は、「天と地が分かれはじめた頃」から。
宇宙から始まり、神々が成(な)り、日本が出来上がっていきます。
アメノミナカヌシから初代となる神武天皇即位まで。



神社 古事記 日本の神話 イザナギ、イザナミの国生み
https://www.youtube.com/watch?v=W2R4BK20J0s
神道の心を伝える 様、2015/04/02 に公開

信濃注:
神話の解釈には様々あると思いますが、結構、いい解釈だと思います。
愛すればこそ、「守ってもらいたいもの」だけでなく、「見られたくないもの」もある…
良い意味で深いです。詳しくは動画を。
(以上)

男神イザナキ、女神イザナミ。
イザナキの【キ】とイザナミの【ミ】を取り、君となる。つまり、君とは男と女と言う意味である。
さらにイザナキ、イザナミとは=誘う­。そう、誘い合う男と女と言う意味が隠されているのだ。
この2人により 愛というものが生まれた。
日本の国土と様々な神様を生んだと言われるイザナキ(男神)とイザナミ(女神)。
2人は誘い合い、愛し合い、様々な神様を産む。
そんなある日、イザナミが火の神を産んだ時、火傷して死んでしまう。
・・・
愛すればこそ守ってもらいたいもの、見られたくないものが­ある。



おまけ

【三千年以上の歴史を持つ日本】
日本人なら知っておきたい大和の心
【誇れる日本の真実の歴史】
https://www.youtube.com/watch?v=B3k9pjditxg
与国秀行 様、2014/12/05 に公開

信濃注:
三千年以上というのは「神話の時代を含めて」だそうです。
32分と長いのですが、素晴らしい動画です。
ナレーション付きですので、気軽に「聞く」こともできます。
(以上)

「大和は国の真秀ろば たたなづく青垣山籠れる 大和し麗し」
倭建命(やまとたけるのみこと)の有名な詩である。読みは、
「やまとは くにのまほろば たたなづく あをかき やまごもれる やまとし うるはし」である。
“青い山々が連なった大和の国は本当に美しい”、そう詠んだわけだ。
しかし誰もが感じているように、この美しい国は今、少しずつおかしな方向に向かってい­る。

だから一人でも多くの方に見て頂きたい動画です。





信濃注:
動画は素晴らしいのですが、与国氏の素性は…
でも、動画を見る限り、与国氏個人には良い所があると思います。
幸福の科学は嫌いです。誤解なきよう追記。

幸福の科学 その実態(宗教被害の実態)

wikia-Bout wiki-与国秀行 >> 来歴 >> 不良時代/衆院選への出馬
(著作権対応、リンク変更&引用文追加、2016.2.25)
 旧姓谷山。小学校高学年から警察沙汰の問題を起こしたり、筋トレに励むなど、かなり早い時分から不良の世界に足を踏み入れている。「男の強さ」を追求するうちに地元杉並の頭となり、チーマー全盛期において、東京を始め関東近辺に悪名を轟かせる。
  自身のブログや『ジ・アウトサイダー ~男たちの狂宴』によると、もともと家はいわゆる成金で、金に困ることはなかったそうだが、バブル崩壊とともに倒産。原付の荷物入れに生活道具を詰め、親戚の家を泊まり歩いたり、ラーメン屋の倉庫で寝泊まりするホームレス生活を経験している。
  その後、喧嘩に明け暮れる日々から脱却するべく沖縄へ渡る。この頃から、喧嘩三昧の不良の世界に疑問を感じ、暴力の世界から身を引き始める[2]。
  タバコ、薬物やカツアゲ、レイプが横行した不良世界において、そういった「裏社会の悪事」には一切手を出さない硬派としても知られた。喧嘩の強さだけでなく、そのこだわりのない人柄が多くの人に慕われた。
(中略)
 2009年6月3日、宗教団体「幸福の科学 」(大川隆法総裁)が設立した政治団体「幸福実現党」から、衆院選への立候補を表明。
 幸福の科学の会員。『「幸福の科学」はどこまでやるのか 』によれば、衆院選を期に2010年に幸福の科学の職員となっている。 ※現在、伊勢原支部にて支部長を努めている。
wikia-Bout wiki-与国秀行 からの引用、以上)

(信濃注、以上)





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改訂履歴
※2016.2.11、解説追記(11:00)、信濃注欄(末尾)
※2016.2.25、リンク変更、引用文追加 (信濃注欄)
変更前のリンク:【研究ノート】 幸福の科学、与国秀行

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