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2016年5月24日火曜日

【信濃雑感】 日本を保守したい様へ、考え直せ


ひとこと言わせてもらいます。



余命ブログ、2016年5月23日記事「778 巷間アラカルト72」

日本を保守したい

 正義のななし様の書き込みにおけるご兄弟の話を読んで、人ごとではないと感じております。「それじゃ北朝鮮と同じ考えになるって言ってるだろ!!!」とかいう者はネットでも散見します。相手と同レベルに陥ってはいけない、というような調子の言葉は結構よくききます。では、どうやって対抗するんだと常々思っています。
 大変残念ですが、こういうのは利敵行為でしかないかと思っています。必死になって防衛しようと立ち上がる者達を止めようとしてるのですから、味方とは決して思えません。味方を後ろから撃ってるようなものかと。こういう考えの者がいるのが、工作が成功してる証拠であるかもしれません。我が家族も大同小異なので嘆かわしく思ってます。

信濃注:
それでもいいではないか。言われても無視すればいいだけだろう。実際に鉄砲を撃たれるわけではない。
(以上)

 また、同様の発言で、「日本人らしくない」というのもあります。何を持って日本人らしい、日本らしいとしてるのかは分かりませんが。しかし、日本らしいというなら、元寇に武力を持って対峙した我らのご先祖のあり方に学ぶべきでしょう。国という様々なものを内包するもの守るため徹底抗戦。近年では大東亜戦争がこれだったかと思います。

信濃注:
その通りだと思う。もうひとこと言えば、家族も国と同じく様々なものを内包していると思う。
(以上)

 外国のものでも受け入れる懐の深さ、などというかもしれませんが、そんな事ありません。外国の文物は受け入れても、移民は受け入れてないはずです。ごく一部の例外はあるとは思いますが。また、文物を受け入れても、キリシタン禁止のように重要な部分においては拒絶・排除してきたのが日本のはず。なんでもかんでも受け入れるのが日本だという事はありません。
 制度においても、シナから学んで律令なりを作り上げたりもしたのは知ってますが、宦官は導入してなかったはずです。律令にしたって作ったものは日本の制度ややり方にそぐうものにしてるのではないでしょうか。もっとも、この律令もやがては死文化していったとも聞きます。
 なんでもかんでも受け入れるというより、自分達に都合のよいものだけを選び、日本的な部分が足りなければ付け足していたというのが正解ではないかと考えています。実際にはどうだったのかは分かりませんが、日本が日本らしさを捨ててまで余所に合わせてきたなんて事はないんじゃないかと。

 我々は原材料や製品などを取引して豊かになる事は出来ると思います。むしろこれはやるべきだと考えてます。この取引が出来なかったのが、戦争突入を覚悟した諸外国による輸出禁止であったのでしょうから。
 しかし、人や思想・制度までやりとりする必要まではないでしょう。それをやった結果が移民を受け入れてるヨーロッパやアメリカなどでしょうから。

 家族についてですが。残念な事にこちらの家族も似たようなもので、選挙にいっても変わらないとか言ってます。また、選挙にいく別の家族も、自民党には入れないようです。さすがに社民党や共産にはいれてないようですが、覚醒にはほど遠い状態です。近所にいる創価学会の者と接触があるせいか、公明党にいれようかとか言い出す始末です。
 もう、こちらも見切りをつけております。洗脳を解こうなどという事もしません。ハードランディングがあるなら、一緒に始末して貰えればありがたいと思ってます。洗脳された人間を元に戻すのは多大な苦労があり、それでいて成果はあがらない事がほとんどとも聞きますし。左翼から転向したという人の意見をどこかの本で読んだ事がありますが、転向は本当に難しいという事だそうです。
 そんな難しい転向・覚醒を促してる程の余裕がありません。そして、家族といえどもこういう者達のために日本を損なってしまって良いとも思っていません。他の方がどうお考えになるかは分かりませんが、ハードランディングが起こった時には遠慮無く我が家族も対象にしてもらいたいと思ってます。
 こういう事を書くと、これまた日本人らしくない、あるいは人としてどうなのかとか言われるでしょう。今まで何度かそういう事がありました。しかし、人として家族のために他のより多くを犠牲にしてよいのか、と思ってしまいます。ただただ、「遠慮なくやってくれ」としか思えないのが今の心境です。このような考えが過激と言うなら、では相手に好きなように蹂躙されてれば良いとも。

信濃注:
 目覚める見込みがなくても、目覚めることを見込んで促すのが家族なのではないか。他の誰も守ってくれなくても、守ってあげるのが家族なのではないか。私が貴殿の立場なら、左翼思考の家族でも守ると思う。また、守る姿を見せることで真実に目覚めることを期待すると思う。
 日本を保守したい様はもう一度、冷静に考え直した方がいいと思う。
 それでも言うのなら、「日本人らしく」、貴殿が死に様を以て家族に伝えよ。
(以上)





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改訂履歴
なし

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